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33 啓発と助長の境界線

2013/07/27 15:47 に ずきんはな が投稿   [ 2013/09/29 1:34 に更新しました ]
2013年07月27日掲載
転載元:https://www.facebook.com/SafeWebKids/posts/199133533581301
先週、子どもの通学のつきそい当番に行きました。ふと思い立って iPhone を手に無線LANスポットがないかどうか、ついでにチェックしながら歩きました。

公衆無線LAN に絡んだお話は以前にコラムを書かせていただきました。
【コラム:うわあ、ここ繋がる!】

さて、やはり鍵のかかっていないネットワークがいくつか、ベッドタウンである、わが住宅街でも沢山みつかります。FREE_FON_INTERNET なんてものも徐々に増えてきました。しかし、他は無防備な家庭用ルーターのようです。

これでは歩いているだけで、無闇に繋げる子どももいるだろうと思いますよね。
そんな状態でしたから、友人と子どもを遊ばせているときに、話題に出したところ、意外なお返事が返ってきました。

「えー!それやったらもう(家でネットを)契約せんでもええやん!」

おっと。
そういう意味じゃないんです。そのネットは多分親切で公開してるわけじゃないんじゃないかな。勝手に使ったらだめ。もしかするとそこで通信したら盗聴されるかもしれないよ。大丈夫? FREE FONも誰が提供してるかわからないから、私はちょっと怖いし使わないかな。

と、丁寧に説明はしなおしたものの、無料で使えてしまうネットワークが世の中に溢れている、という事を逆に知らしめてしまった気がしました。

もう少し前。カレログ事件はご存知でしょうか。

これについては、テレビでも結構報道されていたと思ったので、こういうアプリがあるらしいよ、怖いよね、という話題を出したところ。

「なにそれ欲しい。どうやって入れたらいいの?」

おっとっと。
それが欲しいと思わせてしまいました。啓発どころか、そういう便利なツールがあることを知らしめてしまいました。
サービス停止してもう使えないよ、と言いました。

「啓発」というものは手口を教えてしまうことにもなる、とても難しい行為だと気が付きました。
危ない事は実は知らせないほうがいいのでしょうか。

ネットはよく「包丁」と比較されます。包丁は台所で使う道具で、危ないから触っちゃだめ、と小さな時から教え込みますので、3歳くらいの子どもでも、「これは危ないけれど、便利な道具である」と理解します。
危ない、という理由が簡単に想像がつき、理解しやすいからでしょう。

各家庭で危険の申し合わせができるようになって初めて、安全が確保できるようになると思っています。
それを目指すには、やはり、危ない事例について、具体的で、かつ現実的な話をする必要があるように思います。
手口を教えてしまうことを覚悟の上で、危険であるということを、話さなければ伝わらないのです。

話し手に必要なものは、技術の知識と強い倫理観、でしょうか。この倫理観こそが、境界線となるように思います。

しかし、強すぎる倫理観は受け手に回ると、敬遠しがちです。

「うそのひとつも付けないと、うまく世の中渡っていけない」

こういう感覚をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。(私にはあります^^;)
倫理観とこういった現実的で鷹揚な感覚との相容れなさが敬遠を呼ぶような気もします。ここを緩和したいのです。

第8回関西授業づくり研究会「お笑いから学ぶ教育とコミュニケーション」

ここに、「笑育(わらいく)」なんていう言葉が出てきます。

いいですね。
笑いを交えてわかりやすい言葉で子供にお話できるようになればなあ、なんて思う母でした。