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111 親子はSNSでつながるべきか

2015/01/09 15:41 に ずきんはな が投稿   [ 2015/01/09 15:41 に更新しました ]

■アカウント共有時代

子供がネット上でもアカウントを登録するようになっている。
Facebook では13歳以上であれば登録できるので、中学生になった子たちは堂々と利用することができる。他のSNSについてもおおよそ同じ。それまでは親のアカウントを共有することが多いらしい。
共有期間は家庭によってもかなり差があり、13歳を過ぎていても共有している家庭はある。でもいずれそれは少数派になりそう。

LINEのアカウントの共有は小学生のいる家庭によく見かける。ゲームのお誘いやタイムラインが賑わうのは微笑ましい。低学年は持っていたとしてもゲーム機が主体だろうか。

■アカウントの独立へ

晴れて自分のアカウントを取得。ここからSNSの濁流に飲み込まれる子も多々。いつまでもLINEにへばりついている子を数人見かけた。親の見守りはこういう場合に必要だと感じる。SNSにはやはり予備的知識が必要だ。親とSNSで繋がっていれば、ある程度のブレーキもかかるかもしれない、という期待は持っている。

■SNSという高速道路へ子供が先に乗っている家庭

親がパソコンをあまり使わない、またはスマホを持っていない家庭は、家族に先駆けて長子が先にスマホを持つことが多いようだ。当然それまでの履歴はネット上にはない。ネット上に親はいない。
しかしそれは今だけだ。いずれ、必ずすべての親が先行してSNSに乗っていることになる。このパターンはいずれ無くなっていく。
子供に使わせるのは危ない、と思われているのはこの層が多かった為だと考えている。

■親が先行してSNSに乗っている家庭

小さなころは親のアカウントによって家族が描かれてきていたものが、子供の独立したアカウントができ、ネット上では親アカウントの中にいた存在から徐々に離れていく。親子間でLINEやfacebookなどのSNSでつながっていくと思われる。もしくは繋がらないとしても、子供のアカウントは親は把握していてほしい。ここでつながっていると、親の交流関係者から子供の存在が他人からも見える。これはいい環境だと思う。ネット上の多数の見守りがあると、公開・非公開を気にすることができる。

■Facebookという履歴書

昔は釣書でもなければわからなかった情報は、いとも簡単に知ることができるようになりえる。所属団体、出身地、学歴などなど。十分にプライバシーに配慮して公開していれば良いけれど、見られることを意識せず公開していることもある。もしくは意図的に公開していることもある。是非は一人ひとり違うし、男女でも異なると思う。

■結婚や就職時への影響

親が平穏無事なら繋がっていても子供への影響は少ないだろう。
もし親が学歴を公開していれば、高学歴であるほど有利になってしまうことは避けられない。もちろんその逆があり得る。もし親が何らかの半社会的な匂いを醸し出していた場合、つながっている子供への不利な影響は避けられないのではないか。でもそういう場合につながっているとは考えにくい。

親とSNSで繋がってい「ない」、という情報がもしかするとそれだけで不利になることがあるかもしれない。

■そして壮年、3世代SNSへ

今はまだ親子関係にとどまるかもしれないが、いずれこれは3世代時代に突入し、家系情報がネット上に記録されていく。家族間でアカウントを把握している場合、他界した場合にはアカウントが遺品となり整理対象になる。
これは想像だが、Facebookのステータスとして「故人」という仕様が作られるかもしれない。
もしかすると、永代供養的にネット上に残っていくのだろうか。
家族間でネット上の活動をまったく把握せずに他界してしまうと、財産上のリスクにもなり得そう。

■まとめ

平穏無事人生を送っているのであれば何も問題がないし、過去がネット上に写真や動画で綴られていくことで、写真をアルバムに挟むがごとくに思い出化していくのは嬉しくもあるだろう。

でも、人生はずっと平穏であるとは限らない。そこには様々な人間模様があり、挫折を味わって死にたいと思ったり、喧嘩をして絶縁をしたり、離婚や親子断絶するようなことも十分にありえる事だ。

繋がることに貪欲になっている時はいいけれど、うまくいかない人間関係の中で繋がりを切ることもある。自然消滅できるものならいいけど、関係性が悪化している時にはその消滅は目立つ。十分に大人であればその消滅は去る者追わずでどうということもないかもしれない。でも、つながりを切るとやはり切る方も切られたほうも心にダメージを負うことがあるだろう。そういう面倒くささを避けるために、SNSを全消しして新たに構築するというやり方もあるけれど、つながり直せばまた同じ状況に陥る。相手に手間を生じさせることを考えると、何度もできない切り札だ。

もし関係性に何らかの執着が残ってしまった場合。どうか。

SNSの中でただつながっているだけなら、余計な詮索があったとしても辿りつけないかもしれないが、家族の中で誰か一人が詳細なプロフィールをたくさん書いていた場合、詮索するものに余計な情報を与えてしまう。

最近の事件で思いつくのは大津市のいじめ自殺事件。あの時の加害者一家に対する炎上は容赦なく、自宅住所、自宅写真、家族氏名、家族の勤務先など、詮索する者によってネット上に流布されることになった。中には同姓同名の無関係な方もいた。

この「詮索する者」の存在は今ではもう当たり前のように語られており、ネット上にアンテナをはって詮索するネタを探す。そんな存在に狙われた場合、親子、家族もろとも、注目を浴びるため(つまり広告料を稼ぐため)に暴かれる。

公開してもよいかどうかの判断基準は家庭によっても様々考えられるし、どういう情報なら公開してよいか、公開してはいけないか、近親者と話合う機会があるといいのではないか。場合によっては、その関係性は適切に切っていくことになる。

つながるべきか否か? 多分、家庭毎に異なることになると思うけれど、世代を超えてつながっていけば行くほど、そのつながりの価値が上がり、人を判断するときの材料になるのだろう。

一生に一度出会うかどうかわからない様々な「詮索する者」に対してどこまでプライバシーを守っていくのか。または公開情報を選択していくか。これからの時代の家族のあり方として考えていくことになると思う。