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124 私たちの見ているインターネット

2015/08/22 8:01 に oheso tori が投稿   [ 2015/08/22 8:41 に更新しました ]
2015年03月07日掲載
転載元:https://www.facebook.com/SafeWebKids/posts/391689814325671

先日、お父さんたちの勉強会を見学させていただく機会をいただきました。

参加されているお父さん方は、子供に関心のある方ばかりで、会のディスカッションでもグループごとに活発に話をされていました。

炎上する行為、自分が学生時代にだったらやっていたかも?という発言が勉強会の中で一つの感想としてありました。
これは、以前、別の講演会で聞いた話にもありました。

「ネットに投稿しなくても、友達驚かせるために冷蔵庫の扉に挟まるぐらいはやるかもしれない」

今と昔の違い。
自分たちがかつて見ていた時代と、今の時代。

自分が見ているだけなのか、世界に自分も見られているのか。
「世界が見ている」という部分に気付けば変わること。
でも、世界って広すぎて想像がつかない。

そこで、グリーの小木曽氏が幾度となく話されている「誰にでも見られる玄関」という世界。

ここで、ぐっと自分自身に世界が近づいてくる。

保護者が見ている世界は、子供時代を経て知った世界。
子供が見ている世界は、今まさに子供時代に体験している世界。

「子供を保護者のレベルに引き上げるのではなく、保護者が子供の目線で話すことが大事」

これは、お父さんたちの勉強会で聞いた言葉。
保護者の世界観は、まだ子供たちが未体験の世界観。
子供たちの世界から、大人になった先の世界を想像させて一緒に考えてみる。

そういえば、ある勉強会で、「自分が大人になったとき、自分の裸の写真が大好きな人に見られたらどうかな?自分の子供に見られたらどうかな?保護者の人が見たらどうかな?」を考えてほしいと話したことがありました。

大人と子供。
どちらの立場にいるかで、見えているインターネットの世界は違うのだと思います。

大人でも、自分の見えている世界がおかしいなんて思う人は少ないわけで。

保護者でも、女性と男性で見えている世界はきっと違う。

女性でも男性でも、彼らが属している世界で、見えている世界はさらに違う。

大人も子供も、自分たちが見ている違のあるインターネットの世界を普段から話し合うことができればいいのにね。

なんてふわっと感じたお話。