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65 ソーシャルって別に新しくない

2013/12/13 15:39 に ずきんはな が投稿   [ 2013/12/13 15:39 に更新しました ]
2013年11月24日掲載
【コラム:ソーシャルって別に新しくない】

「ソーシャルネットワーク」なんていう言葉が出てきて、そんなに日は経っていないように感じます。新しいビジネスチャンスだとか、これからはソーシャルの時代だとかWEB2.0だとか、様々言われていたのですが。

はて、今までと何が違うのだろう、と感じることもよくあるのです。
知らない人とおしゃべりをする。これが浪漫だった時代もありました。

ビンの中に手紙を入れて流したり、風船に手紙をつけて飛ばしたり、とかありましたよね。
随分時間のかかる話です。
ペンパルもそうですね。少女雑誌には文通相手募集コーナーがありました。
海外の子供と英語で文通する英会話クラブなんてのも流行りましたね。
駅の掲示板とか、ハム無線とか。今でも喫茶店に、誰でも書けるノートが置いてあったりすると、中を開けて見てみたりしています。

もともと、そういうソーシャルな活動というのはインターネットがない時代からたくさんあったと思うんです。

世界中の人はみんな繋がっている、という実験をした学者さんがいます。有名な実験です。

スモール・ワールド実験

「知り合い関係を芋づる式にたどっていけば比較的簡単に世界中の誰にでも行き着くという仮説である。あえて日本語にすれば(広いようで)「世間は狭い」現象である。」

これは仮説として立てられた、「六次の隔たり」を元に行われたとあります。

「この実験ではネブラスカ州オマハの住人160人を無作為に選び、「同封した写真の人物はボストン在住の株式仲買人です。この顔と名前の人物をご存知でしたらその人の元へこの手紙をお送り下さい。この人を知らない場合は貴方の住所氏名を書き加えた上で、貴方の友人の中で知っていそうな人にこの手紙を送って下さい」という文面の手紙をそれぞれに送った。その結果42通 (26.25%) が実際に届き、42通が届くまでに経た人数の平均は5.83人であった。」

これと似たような実験は結構されているようで、日本のテレビ番組でも企画されていたようですね。

この会の活動でもお世話になったGREE。この六次の隔たり、Six Degrees of Separation のDegreesが由来なのだそうです。

古きよき時代、と言えるのかどうかはわかりませんが、この誰とでもどこかで繋がっている、という感覚にはやはり浪漫を感じてしまいます。この不思議な感覚は今電子化されて、facebookで自分で見れるようになってから、いつのまにか消えてしまいました。

むしろ悪意のある人ともつながる、ということに逆に危険を感じるようになりつつあります。
辿り着こうと思えばたどり着いてしまう、この人とのつながり。

良いことも悪いこともすべて、ネットは繋げてしまうものだということは、重々子供には理解してもらわなければならないわけですが、目に見えないものをどうやって伝えるか。これが大変難しいのですよね。

浪漫と感じるか、恐怖と感じるか。心持ち一つなのかもしれません。
どちらもバランスよく持ち合わせるのがいいのでしょうね。