126 未来へのパンくず

Post date: Aug 22, 2015 3:10:16 PM

入学、卒業、さまざまな人生の節目であるイベントは今や大きく変わったと、はっきりと思えます。

写真やビデオを撮って記録を残すということが、人生を充実させるために必要なことになったのでしょう。

生まれ、育ち、その記録がその人の生きた証となっていく、これをデザインすることに子供たちは夢中です。感動をドラマチックにすぐに伝えたい、そのためのツールが手の中にあります。

写真を撮ること=ネットに投稿することは暗黙の了解になったのでしょうか。安易にインターネットに自分を含めたたくさんの他人の写真を投稿する行為が目立ちます。

Twitterであり、vineであり、ツイキャスであり。公開状態でタイムライン上に並びます。名前、学校、学年、先生たちの名前と共に感謝の言葉を添えて投稿されています。

感極まった先生方の姿、子供達の素顔の写真。卒業式の日にはあふれかえりました。

ひとたびその渦のなかに入り込むと、まるで写真に写るのを拒否すること、写真を撮らないことが罪ではないかと思えるほどです。みんなとても楽しそうにカメ ラを向け、向けられポーズをとり、加工します。拒否とは、その場に居ないようにすることしかないでしょう。これは結構困難なことかもしれません。

まるで、思い出を記録するために生きているかのような、懸命にそれらを残そうとする姿は、全く関係ない人からはどのように見えているのでしょうか。

公園で知らないオッチャンにこれ私の写真やねんと手渡すのは怖いのに、ネット上の知らないオッチャンに見られるのは平気だよなぁ、なんて中の人同士で話し たりしていました。何故か子どもたちは、そんなちぐはぐな感覚をネット上で育んでいるようです。そんな感覚も相まってか、積極的に子どもたちはネット上に 続々と投稿しています。

自分たちが残していく情報だけではありません。たくさんの企業から漏洩したそれぞれのデータは、どこかにひっそりと残っていて、どこかで今生きている情報 と合わせて紐付け、名寄せされるかもしれない、そんなことを心配しながらこれからの子どもたちは就活や婚活をしなければなりません。

数十枚、数百枚の投稿された写真や動画、公開してしまった自分や友達のプライバシー。ひとたび、何かを理由に狙われたとき、これらが個人特定や炎上に利用 されることを私たちは知っています。間違って狙われたりすることもあり得ます。そんなときに、この様々なネット上のパンくずは探そうとする者にとっては追 跡するための手がかりです。

探すのは無関係の人ではないかもしれません。未来の隣人かもしれませんし、未来のパートナーかもしれません。

保護者や子供達が残していく様々な情報が、世代を超えて将来の影とならないようにしたい、という思いを伝えていけるといいのですが、まだまだ道半ば、です ね。子どもたちのネット上の活動は保護者が早め早めに見守ってあげるべきでしょうけれど、保護者全体のリテラシー向上、という課題はまだまだ道が遠そうで す。