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vol.10 201507〜12

142 スマホが壊れた~対話のキッカケ

2015/12/10 22:28 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:28 に更新しました ]


【コラム:スマホが壊れた~対話のキッカケ】

先日、子供のスマホが壊れました。
液晶をタップすると反応している感覚はあるのに、まったく表示されない。
電源を入れてパソコンに接続すると、スマホに入っている色々な画像やファイルが表示されるので起動はしているし、たぶん正常に動いているっポイ。

「液晶が壊れたんだね」
そんな会話をしながら、液晶に何も表示されないものだから可能な限りのバックアップをパソコン側にとって、スマホのメーカーに連絡。
スマホの中身をすべて削除して、本体交換待ち。

さぁ、スマホが返ってきた。
入れていたアプリを入れなおそうか。
Google Play、Google Playっと。
おっと、おかーちゃん見たことないアプリなんかいっぱい並んでないか?ペアレンタルコントロールアプリ入ってなかったか?
あー、あーやってこーやって、ペアレンタルコントロールアプリの隙をついて入れたのね。

「○○くん、ちょっと座ろうか」
「あんな、たださ、やれることはすべてやっていいことちゃうんやで」と、切り出した。

ペアレンタルコントロールソフトはあくまで、保護者と子供の約束の中の一つだと話して入れていたことを、改めて思い出してもらったうえで、アプリを入れたいのであれば、それは懇切丁寧に、なぜそれをやりたいのか?を言うべきだよねということ。

次からは、そうしよう。
アプリのペアレンタルコントロールソフトの設定は、もう外すことにするから。

「で、入れてたアプリ、どの程度やってたん?」
「消し方わからへんくて」
「あー、入れたはいいけど消し方知らんかったかー」
「勝手に入れたし、聞かれへんやん」

ということで、ペアレンタルコントロールソフトにまかせっきりを反省。

改めて、アプリの権限について子供に語りなおした。
さて、これからどうなるかな。

141 アプリの選び方

2015/12/10 22:26 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:27 に更新しました ]


【コラム:アプリの選び方】

先日、アプリを入れる時の見極め方について子供とお話していました。
些細なことですが、私に聞いてくれたのでその時の様子など。

兄「おかあさんちょっとみて」
母「どうしたん」
兄「なんか動きが重いと思って、これいれたんやけど、あんまりやねん。もっといいの無いんかな」
母「ちゃんと権限みた?」
兄「見てない、見方がわからへん」
母「みせて。(アプリの権限を読み上げる)実行中のアプリの取得・・・スリープを無効にする・・・」
兄「え、スリープ無効?? それあかん。消そ。」
母「変なんインストールしたらあかんよー。ちゃんと評価見た? Securoid(※1) 見た?」
兄「ちゃんと見たし。Securoid は見てなかったけど」
母「けど権限見てないやん」
兄「わからんかったもん。他にええのんないの? 選び方わからへん」
母「評価とかもっと見て調べてみー」

※1)securoidは(株)ネットエージェントが提供している、Androidアプリのリスク可視化サービスです。(http://secroid.jp/

入っていたのは動きを軽くするために動作中のプロセスを終了させる、と謳ったアプリでした。
目的とアプリの権限を照らし合わせ、不要なものがあれば、やはりインストールは思いとどまった方がいいですね。

権限を見ても分からない、と本人は主張していますが、読み上げてあげれば意外に理解が進みます。

検索すると、膨大な量のアプリが出てきます。選ぶのは大変です。
決めるまでには結構時間をかけています。私が選ぶときの基準です。

・実現させる機能に対して、余計な権限がないか見る
・アプリ内課金があるかどうかを見る
・製作元の公式ウェブサイトを確認し、運営元を見る

・製作された由来があればそれを知る
・製作元が作成している他のアプリにどんなものがあるか見る
・他に有料アプリを出しているかどうか、収益源を見る。
・更新がある程度新しいかどうかを見る。長期間放置なら保留
・公開日とインストール数を見る
・評価とコメントを見る
・コメントからステマ(※2)臭がしていないかも見る
・アプリ名でブラウザでググってみる。意外な評判が出てくるかも
・アプリの説明が実現させる機能に対して的確かどうか、日本語が正しいかを確認する
・類似アプリと比べて、パクリではないかチェックをし、疑わしい場合は本家を探す

・securoid で確認する。色で見分ける

※2)ステマ=ステルスマーケティング(簡単に言えばさくら営業のこと)

あとは、もう人間的に判断することもあります。

・有名なメーカーであれば権限にはかなり寛容になる
・セキュリティの知識のある友人知人が入れていると聞くと権限には寛容になる

・雑誌や情報サイトで紹介されていたら、権限には少し寛容になる
・入れてみてから広告がでる位置や頻度の自分の許容範囲を確認する

いかがでしょうか。まだまだポイントはあるかもしれませんが、参考程度になれば幸いですし、他に良い方法をご存知の方は是非教えて下さいね。

140 我が子の写った写真がフリー素材化していた話

2015/12/10 22:24 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:25 に更新しました ]


【コラム:我が子の写った写真がフリー素材化していた話】

運動会シーズンの終わりを迎えて、ツイッターを眺めていたら、我が子が写ったクラス写真がツイッター上を流れていました。

そこにつけられた言葉は「超楽しかった!」「○年○組最高!」と他愛もない言葉です。
運動会が終わった翌日に、テンションアップで投稿。

さて、それから一月ばかり。
ことあるごとに、その写真を目にするようになりました。

「ひまー、誰かあそぼ」
「今から学校」
「もうすぐ試験!あの頃に戻りたい」

さて、これらのつぶやきに、運動会写真をつける必然性はなんだろうと頭を抱えます。

初めて、クラス写真が流れた際に、子供には「クラス写真ネットに載ってるでー」とだけ伝えたところ「名前とかのってる?」と聞かれたので、「名前はないけど、学年とクラスは書かれてるかな」というと、「スマホで撮られたときに想定はしてた」との返答。

よくよく見ると、顔半分、隠れるように手で口元を隠している。
ネットに流れたときの保険だという。

口元を隠したのは、普段から、子供に対して「スマホで撮られた写真はネットに流れると思え」と言っていたからというのもあるのかもしれない。

そういえば、講演を行う際に常々、先生方に言っている言葉がありました。

「クラスの生徒のマスク率が増えたときは、『うちのクラス風邪が流行ってるのかな?』と思うだけでなく、『ツイキャスしている生徒がいるのかな?』とも思ってくださいね」と。

知らなかったから、聞いたことがあるへ。

我が子に対して、「聞いたことがある」は役に立ったのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。

139 運動会の写真

2015/12/10 22:23 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:23 に更新しました ]



【コラム:運動会の写真】

先週の土日は、居住地域の運動会が多く開催されていたようで、応援に参加された保護者の方も多かったのではないでしょうか。

我が家も朝から、運動会の場所取り、PTAでの運動会支援と開催前から開催終了まで大忙しの一日でした。

運動会で撮影した写真。
SNSを検索すると、子供たち自身が投稿しているものを数多く見かけました。

昨年末に発売された「家庭や学級で語り合う スマホ時代のリスクとスキル: スマホの先の不幸をブロックするために:竹内 和雄著」では、保護者の写真投稿についてコラムを寄稿させていただいていましたが、その原稿は発売の1年ほど前に書いていたわけですから、実際には2年以上前の話です。

家庭や学級で語り合う スマホ時代のリスクとスキル: スマホの先の不幸をブロックするために:竹内 和雄著

2013年の子供たちのスマホ所有率と、2015年の子供たちのスマホ所有率を比較した調査結果をデジタルアーツが公開していました。

≪未成年の携帯電話・スマートフォン使用実態調査≫
女子中学生のスマートフォン所有率が7割に増加、女子高校生の動画アプリでの撮影・投稿経験ありは68.9%|デジタルアーツ株式会社 

この、所有率を見て、子供たち自身の投稿についても改めて考えないといけないなと感じます。

さて、子供たちが投稿している運動会写真。
顔がダイレクトに写ったものを投稿することに対して、多少の気遣いをしているのか、マスクをしていたり、口元を手で覆っていたり、顔の判別はつきにくい状態でいるものの...体操着のゼッケンに学年クラス、名前がしっかりと表示されて居たりします。

子供たちの中の境界線はどこにあるのかなとか。
そんなことを考えた運動会あけでした。

138 フィルタリングという壁を用意する意義

2015/12/10 22:18 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:19 に更新しました ]



【コラム:フィルタリングという壁を用意する意義】

フィルタリング無駄論をちらほらと聞くことがあります。
何故無駄であるか、という理由は様々あるでしょうけれど、おそらく多くは抜け道がたくさんあるから、ということが主な理由ではないかと推測しています。
たとえば、野良WiFi、公衆WiFi、モバイルルータや誰かのテザリング、突破できるペアレンタルコントロールや公開される突破指南動画。
ちょっと発想を変えるだけで易やすと突破できる場合があります。

フィルタすることで無菌室状態になり、臭いものにフタしているだけでは学べるものも学べない、という論も聞くことがあります。保護者が子供にずっと付き添って学び取って行ってくれればいいのですが、ネット上でずっと付き添って行く事ができる保護者はそんなに多くなさそうです。敢えてすべて見せる事で耐性をつける。そんな風におっしゃる方もいるようです。

例えば、町中にある貯め池には、フェンスが設置され、「危険はいるな」という看板がかけられます。電力会社の変電所には、仰々しい壁と門があります。家と家の間には塀が設置され、プライバシーをある程度守ります。設備が用意されることによって、子供は入って良い場所、行けない場所、その境界線を学びます。

子供たちは、フィルタリングのないインターネット上で、果たして何をどんなプロセスで学ぶのでしょう。耐性はつくでしょうか。子供たちは精神的な健康を保ったまま学んでくれるのでしょうか。プライバシーは守れるでしょうか。

・・・
子供が能動的にネットで検索または入力をし、クリックしたら、フィルタがブロックする。
ブロックされた理由を子供が保護者に尋ねる。
保護者はどういう経緯でそこにたどり着いたか、入力をしたかを聞き取り、意図を確認し、保護者が予めサイト確認してから意図に応じた判断をし、許可・不許可を決める。
許可・不許可の理由を子供に伝える。
十分に慣れて危険を把握でき、倫理観が備わってくれば、許可を広げていき、ホワイトリストからブラックリストに変更する。
最終的にはすべてのフィルタを外す。
・・・

こういう細かいプロセスを経ることが重要なのではないでしょうか。
ただフィルタをかけるだけではこのプロセスを経ることはできないのは明らかですね。保護者の面倒くさい関わりが必要になりますが、あまりの面倒臭さに二の足を踏みそうではあります。
できれば、この面倒なプロセスをもっと簡便にするような仕組みがあればいいなと思っているところです。そういう製品もありますが、数多くはありませんね。

SNSはSNS用の対応をする必要がありますが、これは親子でSNSでつながっていればある程度見守りはできると思います。誰とつながっているのか、どのように関わりあっているのか、どの程度関わっているか。話し合いながら良いこと、危ない事、伝えていければ理想的ですね。
これを手助けしてくれる製品もあります。年齢に応じて使えると良いなと思います。

子供に”どのような”フィルタリングが必要なのか。こういう議論は聞いたことがありません。フィルタリングが一体なにをフィルタしているのか、開示要求できるのか、何歳からどのようにフィルタの中身を変えていくべきなのか、こういった議論がなかなか深まらないのは残念なことです。
今の保護者がフィルタリングを経験していない、ということも原因の一つかもしれません。

フィルタリングがどのような機能を持ち、何をフィルタし、どのような振る舞いについて通知してくれるのか、様々な機能について能動的に知ってもらえれば、保護者もまた、何がどのように危険なのかを子供に教えることができると思っています。

137 子供に何も教えずに検索させてみた

2015/12/10 22:17 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:17 に更新しました ]


【コラム:子供に何も教えずに検索させてみた】

夏休みの宿題。
調べ学習。
特定の用語について作文を書く。

多くの学校で出されている種類の宿題ではないでしょうか。

「平和について」
「人権について」
「税について」
その他にも、多くの題材を調べて400字詰め原稿用紙に調べたことの内容であったり、感じたことであったり、未来への希望であったり、学年相応の言葉を綴っていくのです。

書籍を購入したり図書館で借りたりして、読書による見聞を広めても、ピンポイントに掘り下げた情報は書籍の中だけでは限りがあります。
(もちろん、何冊も読めばよいだけの話なのかもしれませんが...)

ありがたいことに、昨今の宿題では、インターネットを利用して、特定のワードに関する多くの情報を得ることも由とされているため、せっかくの機会ととらえ、フィルタリングを外した状態で、子供に何も教えずに検索させてみました。

検索をして数時間。

マインドマップ化された情報の中には、出典が怪しげな内容も含まれています。

「ねぇ、この情報ってどこで調べたの?」と聞くと、「Yahoo!知恵袋に書いてあった」と答える。

_人人人人人人人_
> Yahoo!知恵袋 <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

なんかいっぱい長い文章があったので、抜き出した。Yahoo!ってついてるんだもん、大丈夫な内容でしょ?

というのが子供の意見。

小学校から、学校の調べ学習で確かに「Yahoo!キッズ」を利用していたのは知ってる。子供に刷り込まれた「Yahoo!=安全で安心」という意識。

さらに、「ねぇ、この情報ってどこで調べたの?」と聞くと、「Wikipediaに書いてあった」と答える。

_人人人人人人_
> Wikipedia <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

「先生が言ってた、インターネット上の辞書だって」

あーねー。
その項目にはこんな文言が書かれているんですよ。
「この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。」

誰でも投稿できるYahoo!知恵袋。
誰でも編集できるWikipedia。

確かに、集合知なのかもしれないけれど、出典もとが書かれていない記事をベースに書くことは、結果として自分がウソの情報を広めることにつながるんだよと子供に伝える。

でもさ、中学生にもなると情報を扱う授業があるわけで、どのように子供たちは学んでいるのかと気になって、教科書を見させてもらった。

------
情報の信頼性について書かれた項目で、最も被害にあいにくいサイトはどれ?
1. 安く売っている個人のWebサイト
2. 電子掲示板や電子メールを通して発信される情報
3. 名の知れたWebサイト
------

情報の信頼性について書かれている箇所はA4の半分。

インターネットやスマホの話をする際に、ネット上の情報の真偽の話をするけれど、授業で習っているのがそれだけなら、確かに、見極めがんばれは厳しいのかもとため息をついた。

もう、夏休みも終わりだけれど、もし、調べ学習の機会があったなら、ぜひ、子供に何も教えずに検索させてみてください。
彼らは、どこから、どんな結果を見つけ出してくるのでしょう。

習うより慣れよ。
そんな言葉をふと思い出しながら、少し遠くを眺めました。

136 ”‪#‎拡散希望‬” の話

2015/12/10 22:15 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:15 に更新しました ]


【緊急コラム: ”#拡散希望” の話】

じつはここ1年ほど、本当によく見かけるのが、次のようなつぶやきです。

「○○くんが居なくなりました。探しています。みんな拡散してください。 #拡散希望」

行方不明者の情報提供を募るツイート群です。近親者からそうではない方々によって拡散されていきます。
それにくわえて、友人知人でしょうか。いなくなった子の写真を持っていたらしき子によって、拡散される写真が増えていくようです。善意で行われるリツイート数はどんどん増え、様々な追加情報を添付されて、すごい勢いで拡散していきます。
これらを時折見かけるたびに、果たして、犯罪に巻き込まれたのか、家出なのか、それともどこかで隠れて保護されているのかなどなど、様々なことを思い浮かべます。
警察には届けられているのでしょうか。140文字の中には含まれていることは少ないようです。

どのような事情であれ、拡散はするに越したことはありませんが、こういった命に関わる喫緊の人探しは、可能であれば警察指導の元で、ご家族の同意の元に拡散をお願いしたいと思っています。
過去の事件は振り返りたくありませんし触れませんが、SNSがこれだけ浸透した結果、無防備な人探しが増えていることに危機感を感じています。

これが、犯人探しの場合もあります。私が見かけたのは、自損事故のきっかけとなった相手方の危険運転をした誰か、などなど。安易な拡散の協力が、返って事をこじらせてしまわないか心配です。

何か協力したいという気持ちは大事にしたいとは思うのですが、部外者であるからこそ、少し冷静に見る視点も同時に持って頂きたいと思います。

もちろん、居なくなった子がどうなってもいいと言っているわけではなく、確実な情報の拡散と、その拡散から得る情報収集は意外に難しいのではないか、と考えています。

一次情報提供元をしっかり伝えていけば、なんらかの情報を持っている人もどこに伝えて良いかすぐにわかります。
やはりそれは警察署であるべきでしょう。個人の携帯の番号公開や、情報のバトンリレーをすべきではないはずです。

一歩引いて考える事。この時代に、情報を取り扱うということはどういうことか、多くの人と一緒に考えて行きたいと思っています。

135 子供たちはどうしてあんなことするんだろう

2015/12/10 22:12 に ずきんはな が投稿   [ 2015/12/10 22:13 に更新しました ]

2015年7月4日掲載
【コラム:子供たちはどうしてあんなことするんだろう】

そういうセリフをよく聞きます。

「なんで!?」

子供たちがネットの向こうで、露わな格好をしていたり、馬鹿なことをしていたり。そこにどんな理由があるのか、理由について怪訝な顔をする方、大変多そうです。

多くの場合、子供たちはネット上の露出で何らかの対価を得るようなことはしていないように見えます。そこに儲かる仕組みはあまりなさそうです。つながり依存、という言葉も聞きました。ネット上の誰かと繋がる。それだけで楽しんでいるように見えます。

知らない人と違うどこかで友達になるのが浪漫だった時代がありました。文通友達募集とかそうですよね。顔も知らない人と繋がろうとする衝動。青少年時代からの特有の心理があるのかなあと考えたりしています。

違う誰かになりたい。こういう衝動もまた覚えがあります。仮装行列や、様々ななりきりグッズ。コスプレは今や娯楽産業の一分野となっているようです。

こんなことしたら怒られるかな。笑ってくれるかな。

子供ってそうだったじゃないですか。注目を集めるための様々な行動。突拍子もないことをして、小さな時は笑ってもらえたし、かわいがってもらえたし。保護者はカメラを向けてその微笑ましい行動を記録していましたよね。

注目を浴びたい、知らない人と話したい、という衝動は、自然に湧き上がる心理なのであって、特別な理由なんて別にないと思うのです。

むしろ、理由を考えてしまうその心理のほうに、疑問をもってみてはいかがでしょう。
多分、年を取れば取るほど、学べば学ぶほど、現象に対しての「理由」や「根拠」を求めてしまう心理。これが、子供たちの行動を理解するための阻害原因になっているのではないのでしょうか。単に新しいツールが目立ちすぎて方法が昔と違うだけで、その違いに振り回されているようにも見えます。新しいツールに対する敬遠感も気にかかります。

もちろん、深刻な家庭事情や心に闇をかかえたような事例も見かけますから、その見極めをするためには大事なことなのでしょうが、それも一部であり、カジュアルに楽しんでいる子供たちに対してその理由を考えるのは、筋が悪いようにも思います。

心理学で見かけた事例の一つに、人が亡くなった時の遺族が、医師に問いかける場面のお話があります。「この人は何故死んだのか」という問い。
医師は病名を告げますが、遺族が聞きたいのは病名ではない。How、どのように死んだのかではない、Why、何故死ななければならなかったのか、社会的使命か何かを問うている、そういうお話です。

極端な事例ではありますが、「なんでこんなことするんでしょうね」なんて言葉を聞くたびにこの事例を思い出します。
その疑問もまた、自然に湧き上がる心理なのでしょうね。

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